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「ソクラテスの弁明」_1

プラトン著「ソクラテスの弁明」を紹介させて頂きます。
哲学の教養を身に付けるために読んでみました。
非常に有名な作品となりますが、こういった作品を読むと、多くの方々が影響を受けているんだろうなと思いました、これまで読んできたビジネス書の根源となる考え方が詰まっているように感じました。
名作を読むというのは、多くのビジネス本のエッセンスだけを読み込むようなものなのだろうなと感じることができました。誰もが知る名作をどんどん読んでいきたいなと思いました。


もくじ
  • 無知の知
  • 名声・権力
  • まとめ

無知の知

(他の多くの人たちに知恵のある人だと思われている人と議論を終えた後)
わたしは、彼と別れて帰る途で、自分を相手にこう考えたのです。この人間より、わたしは知恵がある。なぜなら、この男も、わたしも、おそらく善美のことがらは何も知らないらしいけれど、この男は、知らないのに何か知っているように思っているが、わたしは、知らないから、そのとおりにまた、知らないと思っている。だから、つまり、このちょっとで、わたしのほうが知恵があることになるらしい。つまり、わたしは、知らなことは知らないと思う、ただそれだけのことで、まさっているらしいのです。

「無知の知」は非常に難しい。
逆説的ですが、私たちは知っているからこそ、知らないことを理解することができる。知らないことについて、知らないと理解することは難しい。

生きていく上で、自分が正しいと思う自己肯定は非常に大切だと思います。しかし、それが行き過ぎると「無知の無知」に陥ってしまう。
自分に自信がなければ、行動することもできないし、意見を述べることもできない。しかし、それが行き過ぎてしまうと、これもまた「無知の無知」に陥ってしまう。
どう考えればいいのか、本当に難しい問題が突きつけられてしまいました。

830はこう考えます。
人前ではとことんまで自分を信じて、意見し、行動し続ければいい。
そして、ひとりになって、自分の考え方を見直せばいい。

面と向かって誰かに意見を言われたとしても、簡単に流されてはいけない。自分の意見が正しいんだと主張を続ければいい。
そして、その議論を持ち帰って、ひとりになって精査し直せばいい。
ディスカッションの場になると、思いが強い方が勝つ。だからこそ、その場で弱気な姿を見せてはいけない。
しかし大切なのは、「自分が絶対に正しいんだ」という考え方に溺れてはいけないということ。しっかり、時間を取って、自分の考え方をブラッシュアップする時間が必要だ
ひとりになって、自分と向き合う時間が必要だ。

名声・権力

アテナイ人諸君(陪審員)、諸君には本当のことを言わなければならないのですから、誓って言いますが、わたしとしてはこういう経験をしたのです。つまり、名前のいちばんよく聞こえている人のほうが、神命によってしらべてみると、思慮の点ではまあ九分九厘まで、かえって最も多く欠けているとわたしには思えたのです。これに反して、つまらない身分の人のほうが、その点、むしろ立派に思えたのです。

「無知の知」を目指すためには、自己肯定や自分に対する自信といったものの微妙なバランスが不可欠です。
しかし、名声というものはこのバランスを崩してしまう。
少しでも「自分は正しい」という方向に針が振れてしまうと、「無知の無知」へと陥ってしまう。

さらに、名声がある人には、そのことを指摘してくれる人がいない。権力の前に、誰も意見を言うことができないから。
権力というのは非常に危険だ。一時は気持ちいいものなのかもしれない。しかし、その快感を得る代わりに、人間性というヒトとして最も大切な部分がむしばまれていってしまうのだ。

日本社会に根付く、年功序列という仕組みも同じであろう。
さらに、年功序列においてより注意しないといけないのは、上司というのは年齢が高いというだけで、能力は全く関係ないという点だ。
名声であればまだましだ。能力の高い人に権力が集まるから。
しかし、日本の年功序列の仕組みであれば、能力の低い人に権力が集まるという現象が簡単に起こってしまう能力の低い人が権力を持ち、さらに「無知の無知」に陥ってしまったとなれば、手の付けようがない

830たちは、名声や権力に流されることなく、臆せず意見を出さないといけないそれは、自分のためでもあり、相手のためにもなる。
権力に怯え、上司にただただ従うという行為は、「無知の無知」を助長することになる。それを防ぐために、意見を出し続けないといけないのだ。

多くの人の勘違いは、「地位の高い人は、地位の低い人から物を申されると腹を立てる」という考えだ。勉強して、教養を学んだ人は、自分が「無知の無知」に陥ってしまうことを恐れている。臆せず意見し、「無知の無知」であるということを知らせる行為は、地位の高い人が求めている行為である。
なぜ多くの人はこのことを理解できずに、求められてもいない忖度をしてしまうのか。それは、多くの人に教養が足りないからである。
この世の中に存在する問題のほとんどは、傍若無人な権力者によって引き起こされているのではなくて、無学な一般大衆によって引き起こされているのだという事実、真剣に向き合わないといけない。

まとめ

生きていく上で、自分が「無知の無知」に陥ってしまうという恐怖と向き合い続けないといけないのだろうなと思います。「無知の無知」に陥ってしまわないためにも、830は周りの人々から、たくさん意見をもらいたいと思うし、そういう環境を自ら作り上げていきたいと思う。
そのためにも、830自身が権力に臆することなく意見を発信し続けるということが大切なのだと思います。

そして、最後の一節。
「この世の中に存在する問題のほとんどは、傍若無人な権力者によって引き起こされているのではなくて、無学な一般大衆によって引き起こされているのだという事実と、真剣に向き合わないといけない。」
これは多くの記事で830が主張してきた内容です。
ぜひ少しでも多くの人が、自分を磨くこと、教養を身に付けることに楽しみを見出して頂ければいいなと願っています。


あとがき

今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。
本記事はあくまで830の主観を織り交ぜた上で、書籍の紹介をさせて頂いております。書籍との食い違いが生じてしまっている場合もございます。ご理解頂けますと幸いです。
正確な情報については、是非原本をご購入の上、お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
今後も宜しくお願い致します。

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